つい先日、本当に久々に田中将大に黒星が付きました。

しかし、日本シリーズの締めは田中でした。

 

その田中と甲子園で投げ合っていたのが斎藤佑樹です。

田中が斎藤について聞かれた事があったそうなのですが、

その時の言葉が「歩んできた道が違うので」というもの。

 

上の発言は2年くらい前のものなのですが、

田中から見ると、ライバルという訳では無くなっているようです。

 

プロに入って活躍し続けてきた田中と、

ある程度の結果を残しつつも、今ひとつ感が拭えない斎藤佑樹。

この差はどんな理由から生まれたものなのでしょうか?

 

 

元々の才能が違うだとか、積み重ねた努力の差、

というのが一般的な意見となるかもしれません。

 

しかし、これ以外の理由として、

その人が当然だと思うレベルの違いというものがあるそうです。

田中と斎藤はこのレベルが全然違うという意見がありました。

 

田中将大の当たり前は凄まじい練習量で、

斎藤佑樹の当たり前はそこそこの練習だという事ですね。

そして、この差が時間の経過と共に凄まじい差になってしまうと。

積み重ねた努力の違いといえなくもないですね。

 

私も似たような話を聞いたことがあります。

どの分野でも一流の成果を出している人たちは、

これぐらいは余裕と言いながら凄まじい努力をしていると。

本人からしてみれば当たり前でも、周囲の人から見ると凄まじいというものです。

 

こういう事例はどの分野でもあるそうで、

美容師の世界で将来成功しそうな人間の特徴として、

お客さんのシャンプーという地味な仕事の担当になったとしても、

その仕事を徹底的に研究し、客とのコミュニケーションも徹底して研究する。

そういった人間が将来的にカリスマと呼ばれる人になっていくそうです。

地味なところから何年も掛けて差を広げていく訳ですね。

 

斎藤佑樹も世間で言われているほど手を抜いている訳ではないと思います。

ですが、他の一流選手や、田中将大などと比べると、

その当然というレベルが少し低い、

そのレベルの低さが田中との差に繋がってしまっているのではないでしょうか。

 

田中将大は自分の限界を追い求める人間だそうですからね。

高校の時にスライダーが凄いと騒がれた時は

もっと曲げる事は出来ないか、と考えていたそうです。

 

そういう意識の差が大きな違いへとなっていったのでしょうね。

斎藤も球速を上げるとか色々取り組んでいたはずなんですが、

その辺はレベルの差というしかないのかもしれませんね。

 

もう一度この2人の勝負を見てみたいのですが、

再び対戦が実現する日は来るのでしょうか?